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横浜地方裁判所川崎支部 昭和42年(ヨ)260号 決定 1968年2月27日

申請人 山崎幸男

被申請人 東洋ガラス株式会社

主文

(一)  申請人が、被申請人の従業員たる地位を有することを仮りに定める。

(二)  被申請人は、申請人に対し、昭和四二年八月三〇日以降本案判決確定に至るまで、毎月一九日より翌月一八日までを一ケ月として、月額金四四、四二七円の割合による金員を、毎翌月二五日限り仮りに支払え。

(三)  申請人その余の申請を却下する。

(四)  申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

理由

一、申請人代理人は、主文第一、第四項同旨、および「被申請人は、申請人に対し、昭和四二年八月三〇日以降、本案判決確定に至るまで、一ケ月金四七、八一二円の割合による金員を、毎月二五日限り仮りに支払え。」との裁判を求め、被申請人代理人は「申請人の申請を却下する。申請費用は申請人の負担とする。」との裁判を求めた。

二、当裁判所の判断

申請人が昭和四〇年一月二一日、被申請会社に入社した川崎工場の従業員であつたこと、および被申請会社が、昭和四二年八月二九日、申請人に対して解雇する旨通告したことは当事者間に争いがない。

被申請会社は、申請人が昭和四二年八月二四日職場秩序を乱す行為をしたので、就業規則第四二条三号の「やむを得ない会社の都合によるとき」解雇する旨の規定に基づいて解雇したと主張し、疏甲第三号証の一、同第一五号証、同第一七号証、疏乙第五号証、同第七号証の一、二、三、七、八に、争いのない事実を組合せると、申請人に次のような行為があつた事実が認められる。

申請人は右同日

(1)  午前一一時三〇分から同一二時までの自己の休憩時間中、職場で同僚の吉田一男に対し、市バス、市電交通料金値上反対および国鉄による米軍のジエツト燃料輸送の反対の署名を依頼し、署名用紙を同人のポケツトに差入れたが、その際吉田は検品作業中であつた。

(2)  午後一二時三〇分から同五〇分までの自己の休憩時間中、工場内の箱詰作業所で被申請会社の下請をしている東洋運送株式会社の従業員渡辺君代に対して、同様の署名を依頼して、同女に署名をさせた。

(3)  その他自己の休憩時間中に、工場内で被申請会社の他の従業員三名および右東洋運送の従業員数名にも同様に依頼して署名をさせたが、その際は署名を求められた者らも、休憩中であつた。

ところで、被申請会社は、危険防止上、ビラ配付、署名活動等の行為は、工場内では時と所を問わず、これを行わないことが不文の職場規律とされていた、旨主張するが、使用者は元来労働者に休憩時間を自由に利用させなければならない(労働基準法第三四条)ものであるから、職場規律保持上これに制限を加えるのはやむを得ないとしても必要の限度内にとどまるべきは当然であり、職場規律保持に名をかりいたずらに従業員の行動に制限を加えることは許されないし、仮りに休憩時間中における従業員の行動に職場規律違反があつたとしても、右休憩時間自由利用の原則を尊重し、実害の有無等諸般の事情を適正に評価して対処すべきものであること言をまたない。疎明によると被申請会社は不振の事業を挽回するため、当時職場規律や作業秩序の保持に努力し、その旨を従業員に周知徹底させようとしていた事実は明らかであるが、前記のような性質の文書の署名活動を休憩時間中にもしてはならない旨の不文の規律が職場に確立されていたと認められる疎明はなく、文書の性質いかんを問わず署名活動を許さない職場規律があつたとすれば、休憩時間自由利用の原則からみてその当否は甚だ疑わしいものといわなければならない。

してみると申請人が自己の休憩時間中に、休憩中の他の従業員等に対して、署名を求めた前記(3)の行為は何ら咎むべきものではない。また、前記(2)の行為は、申請人は休憩時間中であつたし、署名を求められた渡辺は被申請会社の従業員ではないから同人の作業を妨害したとしても、傭主たる東洋運送から厳重な抗議をうけたのなら格別、抗議をうけたともみられないのに被申請会社から重い咎めをうけるべき筋合のものではない。ただ前記(1)の行為については、申請人が作業中の吉田に対して行つたものであるから、職場規律違反といえようが、申請人は、単に吉田に声をかけ、署名用紙を同人のポケツトに差入れたにすぎず、そのことによつて吉田の業務が妨害され、実害が生じたとは認め難いから、比較的軽微な違反行為というべきである。そうすれば、被申請会社が職場規律違反の行為として挙げるうち、そのような行為と認められるのは、前記吉田に対する行為のみであり、これとても軽微な違反行為に過ぎないから、単にこの一事をもつて解雇するのは、たといそれが就業規則所定の懲戒解雇ではない通常解雇であり、職場規律の確立に努力中の折柄であることを考慮しても、あまりにも苛酷な処置といわなければならず、到底これに被申請人主張の「やむを得ない会社の都合」があるとはみられない。それゆえ、この解雇は、権利の濫用として許さるべきではなく、無効であり、申請人はなお被申請会社の従業員たる地位を有する。

申請人が毎月二五日に、前月一九日からその翌月一八日までの賃金を受けていたこと、および昭和四二年八月三〇日以降賃金の支払を受けていないことは当事者間に争いがなく、疏乙第一号証によれば、解雇通告の直前三ケ月間(六月分から八月分まで)の平均給与は金四四、四二七円であつたことが認められ(申請人主張の平均給与四七、八一二円は認定できない)、又疏甲第三号証の四によれば、申請人は母と二人暮しで、被申請会社から支給される賃金を唯一の生計の資としている労働者であり、従つて本案判決確定を待つていては回復し難い損害を蒙むる虞れのあることが認められる。

よつて、本件仮処分の申請は、申請人が被申請会社の従業員たる地位にあることを保全し、本件解雇の意思表示がなされた日の翌日以降本案判決確定に至るまで前記賃金の支払を求める限度でその理由があるからこれを認容しその余を失当として却下することとし、申請費用の負担については民事訴訟法第八九条第九二条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 森文治 山崎宏八 新城雅夫)

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